どうも、ソーカントクです。

ゲームには、幾つもジャンルがありますが、

僕の好きなものはRPG系です。

ロールプレイングゲーム。

つまり、役になりきって遊ぶ。
まさにヨガで伝えていることそのものです。

ヨーガスートラはこの世界は
オンラインゲーム(MMORPG)だよ。

と伝えています。

で、、、

RPGは、おおよそ
レベルという概念があって、
レベルが低いところから始まります。

レベルを上げていく、
楽しみがあります。


レベルは低いほど
楽しいものです。

逆に高くなると、
敵が弱く感じて手応えなくて、
退屈になっていきます。


レベルが低いというのは、
とても素晴らしいものです。

しかし、

レベルが低いままでいる
というのもいかがなものでしょうか?

次に進めない苛立ちから、
ゲームを投げ出したり、
怒ったりします。

「だったらゲームなんてしなければいいでしょう!」

なんて母親が怒ったりします。


でも、このうまくいかない!
思う通りにいかない!

これがゲームの
醍醐味だったりします。

なぜ、わざわざ
そんな面倒をあえて
お金を払ってまで
やるのでしょうか?


それは、
完璧でつまらないし、
超退屈だからです。


ボーガ・スートラによれば、

元々、我々は悟っている
ブッダ(神様でもOK)でした。

しかし、
完璧で完全でやることがない
あまりに退屈な世界なので、

不完全な世界でしか味わえない
体験をすることにしました。

まずやりたいリーラを選び、
すきなアヴァターラを選び、
そしてボーガしました。


サンスクリット語で
リーラはゲーム、遊びを意味し、
アヴァターラはアバター、化身を意味し、
ボーガは、エクスペリエンス、体験を意味します。


こんなに頑張っているのに
なかなかうまくいかない!

なんでこんなことが起きるの!?

思い通りにいかない!

そんな風に思ってる時こそ、
この世界に来た甲斐があった
と思うべきかもしれませんね。

とはいえ
それを、人にぶつけられたら
溜まったものじゃありません。

だから、
分かった上で
やってくださいよ。

それが、サマーディ(悟り)
というものです。

ヨガは悟ってからやりましょう。

あなたの嘆きや苛立ち怒り憤りは、
この世界がゲームである証拠として
感じることができるのです。

あなたは、
もともとブッダでした。
神でした。

それを忘れる(忘我)できるほど
このゲームは最新なのです。

人間のテクノロジーでは、
まだ、ゲームをするときは
自分が誰なのかを
忘れることはできません。

せいぜい感情移入が
できるぐらいです。

でも、ヨガをやるなら
それぐらい分かっておくべきです。

あなたはブッダであると神であると。

そうすれば、
宗教にも引っかかりませんし、
あなたが宗教の開祖に
なることもありません。

「え?あなた神なんですか?わたしもです。そして、あなたも君も神ですよね?みんな神ですね!」

神やブッダを名乗る
人間に導かれることも
ないですからね。


でも、この話をあなたは
忘れてしまうかもしれませんし、

理解できないかもしれませんし、

間違った受け取り方を
してしまうかもしれませんし、

そもそも読まないかもしれません。

それは仕方のないことです。
なぜなら、無知だから。

本当の無知とは、
おバカさんに
対して使う言葉ではなく、

知りたく無いと目を塞ぎ、耳を塞ぎ、
アーアーアーと声を出して
自分の内側に閉じこもり、

ネタバレに怒る人を
無知と言います。

真実を知りたく無い人は、
ヨーガ・スートラに書かれている
この煩悩の王様アヴィディヤー(無知)

というゲームシステムに守られて
ゲームを続行できるように
なっているのですから。

これはゲームシステムなので
仕方のないことです。

しかし、
いくつもある
ゲームシステムの中でも
これを乗り越えることが
できるのが、、、

アパヴァルガ(解脱)です。
無知という煩悩の
ゲームシステムから抜け出す
ゲームシステムが搭載されているので、
これもゲームの許容の範囲内だから、
誰もができるのです。

本当に望むのであれば。

僕はそれを望み、
ヨーガの向こう側に行きました。

あなたもヨーガの
向こう側に行きましょう。

全然怖くありません。
ヨーガのその先は、
ボーガです。

体験を提供する側になる。
つまりクリエイターです。

このゲームの
ユーザーではなく、
クリエイターになれる。

これが悟った後のやることなのです。

レベルを上げ、
ステージを上げ、
最後は創る側に回る。

あなたもできます。

なぜなら、

あなたはもともと
創造主(クリエイター)

なのですから。