どうも、ソーカントクことSHINGOです。


ヨガをやっている人の中には、
ヨガをサービス業のように
勘違いしている人がいますが

日本国が決めた(総務省)
日本標準産業分類によると、

ヨガは
【教育,学習支援業】
に分類されます。

ただし、
フィットネスクラブや
ヨガスタジオの経営は
【娯楽業】となります。



そう、私たちは、
教育を受けているのであり、
教育をしているのです。


にも関わらず、
人の捉え方は勝手自由なので、

教育業にも関わらず、
サービス業として捉え、

自分をお客様(神様)として
横柄な態度をとっています。


「お客様は神様です。」

という大義名分を掲げて。

これについては、
いくつかおかしいところが
あると思いませんか?



僕は、これについて

「意義あり!」

で頭がいっぱいです。



そもそも、
それって神様に失礼。

神様って横柄なのかな?

神様って
「わたしは客だぞ!」と
横柄なの態度を取るのかな?

きっとその人の頭の中の
神様のイメージは横柄なんだろうね。

でもそれは、
神様ではなく人間の
先輩の姿を見てるん
じゃないのかな?
(親とか上司とか)

それを真似してるなら、
神様の真似してない。
人間の真似してるんだよね
気づいてないけど。

日本は、戦後教育の中で、
信仰を取り上げられたと
言われています。


そして
「神や、宗教は怪しいと思え」
という教育が
施されているそうです。


で、神に対しての知識がないもんだから、

親のすごい版!=神

ってイメージしかない。

だから、マネちゃうんだよね。

で、さらにね

自分の言うことを
聞いてくれる人が、
いないもんだから、

神様ぶって横柄な態度を取れる
「お客様は神様」です。

って大義名分を
振りかざすことになっているのだ。

親に振り向いてほしかった、
わがままな自分でも無条件に
愛されたかった時の
叶えられなかった記憶を
他の人に勝手に
役割押し付けてる行為が、
これにあたる。


もうほんと神様に失礼だよね。

「これが、あなた(神様)の
マネをしている結果なんですよ!」

ってことだからね。


というか、
真の【お客様は神様です】は

お客様は神様であり、
人間は相手にしてないよ。


という神様に対しての
サービスの表明なんですから、
神様に捧げる行いこそが
サービスであり、

「天は人の上に人を造らず、
人の下に人を造らず」

人間に仕える人間はいらない。
仕えるのは神だけだ。

ってことだから、
我々人間は真のサービスを
受けられるご身分じゃないの。

あくまでも人間がやってるのは
サービスごっこ。
真のサービスではない。

「お客様は神様です」って
言ってる所では、
人間がサービスを
受けられませんよ

ってことです。

もう「お客様は神様」を
勘違いして
振りかざすのはやめましょう。


ヨガは、インド哲学の中で、
神の存在を認めている哲学です。
(経典ヨーガ・スートラ)

神について何ら学ぼうとしないのは、
ヨガをやっないのと同じ。

カルマヨガやバクティヨガ、
奉仕や献身は、
神のためにするものであり、
人間に対してのやるものじゃない。

ここまでくると宗教?って思うけど、
こうすると悟れるよって言うのが
ヨーガ・スートラに書かれている、
悟れる方法の一つなんだよね、

つまり、宗教心とか道徳心ではなくスキルの話。

自分が悟るために神をも使う。

スンゲー大それたことをやる
徹底した悟り至上主義がヨガなんだ。

ヨガは、宗教ではありません。
って否定する人がいるけど、
宗教っぽいところあるよね。

この人たちの否定とは全く違う意味で、
僕も宗教ではない。と言います。


ヨガは感情的ではなく
情緒的でもなく
メカニカルで
システマチックな科学です。



まとめ


ヨガは神に仕えるサービス業だが、人間に対しては教育業である。


です。



最後に、一言。


間違った「お客様は神様です」
を振りかざす人は、

成長しませんし、
変容なんて起こり得ません。

何にも変わらないという
表明でしかありません。

一方、

生徒であるならば、
成長するし、
変容だって起こり得ます。


自分が教育に
関わるものとして、
成長と変容を望み、

与えられることを
待つのではなく、
自分から掴み取り、

そして、与えるものとなろう。

それがヨガ指導者としての道です。